テキスト  

 


君は繊細で美しいけれど

見ていて心が痛い

君に触れたいけれど

棘棘とした心が痛い


 

魔王とフゥと雨の痛み 上


 


「…やっぱり慰謝料とか…」

「だからイーって!さっきからシツコイよアンタ!」


現在位置:市内の総合病院、内科、個室、
204号室、風見 岬(カザミ ミサキ)ベッド付近。
風見 岬プロフィール:男、24歳、職業ヤクザ、年収500万円、趣味釣り、悪魔嫌い、ニックネームはフゥ。
現在位置関係:ベッド上、風見 岬,窓際、通称魔王。棚には鈴蘭。窓の外にはポプラの大木。蝉の声

夏だなー…。

俺は何でここに居るんだろう…。
い、いや、ちょうど先週、ソコにいる魔王に丸焼きにされて大火傷になって入院したことは分かっている。
分かっているが、この状況が分からない。
何でこのテンションがかなり低い魔王が俺の見舞いに来ている?
しかもさっきから申し訳なさそうに慰謝料がどうのって言っているし、魔王か?これは魔王か?
というか謝るべきは俺ではないのか!?1つの世界の統治者に掴みかかった俺じゃないのか?

「えーっと…」

俺は苦笑いのような誰が見ても困り顔ヤクザにしか見えない顔で魔王を見た。
テレビで見たときよりも何十倍も威厳のない、暗い顔をした魔王が上目遣いで見返してきた。

「…何ですか?」

「俺が、悪いはずなんだがー…先にやったのは俺だし…」

「そんな事ありませんよ。」

魔王は即答した。膝の上で拳を握り締め、苦悶を味わうように。
魔王は蝉の音でかき消されそうなほどの声で言った。

「これじゃ羽折れの御使いじゃないか…」

「え?」

「強いものが弱いものに、必要以上の危害を加えること…」

何をいきなり言いだすんだ。この悪魔は。

「羽の折れた天使…空を飛べないことに怯え、仲間を全て消した愚かな聖者…弱き強者…御伽噺だ…魔界の上層界では、私をそう呼ぶ…。」

何が言いたいかは分からないが、ものすごくネガティブな考えなのは分かる。

「…アンタの『羽』って何だよ。」

「…自信かな。」

擦れた声で魔王は笑った。

「…自信をなくした魔王サンが?何を怯えて仲間を傷つける必要が?」

だんだん人生相談になってきた気がするぞ。
仕方が無い、こうなったら全部聞いてやろうじゃないか。面倒臭いが。

「何に…怯えているのかな。自分でも、良く分からないな…。」

「じゃあ何で『羽の折れた天使のみたい』なんだよ?」

「…神のみぞ知る。」

「何だ…それ。」

蝉がジャージャーと鳴いて煩い。俺は溜息をついた。
意味が分からないことには付き合ってられない。

「とにかく、アンタが全部悪いわけじゃないんだ。たといアンタが『羽の折れた天使のごとく』俺を焼いたのだとしても、その『天使』とやらの強さを理解しないで殴りかかった俺が悪いワケ。それでイーの。アンタは悪くないの。分かったか!」

「そうかな・・・・・・でも、あのひとは酷く怒っていたね・・・。」

「あのひと?ああ、スナ?気にすんなよ。優しすぎるだけなのアイツは。」

魔王は不思議そうな顔をした。

「優しすぎる…?」

 たしかに、スナを第三者の目で見れば無愛想な冷たい人間だと思うだろう。
事実俺もそう思った。しかし無愛想,冷徹どころか物事を客観視できないそこらへんの女子高生とノリはいっしょだ。
他人の小さな不幸を自分の中で大きな不幸とする、優しすぎる、ありがた迷惑チョット前ぐらいのコ。
・・・もっと楽に生きればいいのに。

「そ。普通の人間よりは強いからって、…自分のダチは自分より弱いからって全部守っちゃうようなお人好しさん。」

「強くなくても、守るべきなんじゃ…?」

「はぁ?……アンタさ、人間界がどんなところか分かってるの?」

フゥは魔王をせせら笑った。


 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

市内総合病院近くの、大通りにて。

「暑いねー。」

「うん…。」

アスファルトからの照り返しの熱が自らの体を焼く感覚が分かりそうだ。

今年の夏は特に暑いらしく、魔界に避暑に行くデンジャラスな輩も現れたほどだ。
魔界と人間界との温度差は魔界が人間界よりも6度ほど低い。しかも魔界は夏と秋が短く、冬が長いが春も長いというわけのわからない気候をしている。だから魔界の住人が暑すぎる人間界に来るわけが無い。来たという記録もほとんど無い。
お蔭で魔界との交流は良くも無く悪くも無く。まぁまぁと言った状態だ。しかし人間界から魔界に行く人間は多く、その多くは金持ちだの僧侶だのとそれなりに自分の身を守れる人間達だ。…それでもまともに帰ってくる確率は64%と微妙な確率だが。


それにしても、暑い。魔界は寒いぐらいだろうか。

「これじゃナマモノを買うのは止した方が良さそうだね。」

「腐る…。」

スナは暑さにめっぽう弱いらしい。さっきから涼しい表情をして汗をダラダラ掻いている。持っている日傘も意味を成していないようだ。

「花でも買っとく?」

「…萎れる…。」

口数も少ない。さっきから単語でしか会話が成立していない。いくら涼しい表情をしたって眼光は暑さでぎらぎらしている。さっきから舌打ちが多い。蝉の鳴き声にもイライラしているようだ。

「じゃあ、何にしようか。」

「………。」

少しは考えているようだが暑さで思考もままならないらしい。事実僕もそうだ。

「…うちわ。」

「必要かなー。」

「ヤクザっぽい…。」

「ぽいって…。どこが。」

たしかにお見舞い品は実用品の方が喜ぶと思うが。

「じゃあ……風鈴…。」

「風鈴ねぇ。良いんじゃない?フゥだし。」

「激安コンビニ…」

スナはそう呟くと、近くにあったコンビニに入っていった。

見舞いの品がコンビニとは相手がフゥだからできることであって、これがちがう相手だったらもうちょっと気の利かせた場所に行く。
…スーパーとか。
そうこう考えているうちにスナが帰ってきた。

「どんなの買った?」

「青いキンギョのやつ。」

スナがコンビニのクーラーで少し復活したところで、僕達は総合病院への道のりを急ぐ事にした。

遠くでは逃げ水が発生している。逃げ水は蜃気楼の一種だったか。

蝉のジャージャーという鳴き声が急に消えた。

「?」

スナがふいに空を見上げ、ぽつりと言った。

「雨宿り、しよっか。」





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